犬にとって体を構成したりエネルギーを供給するために大切な食事ですが、食事は犬の体の中でどのような過程を経て消化されるのでしょうか?
今回は、犬の消化吸収について獣医師に詳しく解説していただきました。
犬の食事はどのように消化される?
犬が口にした食事は、唾液と一緒に咀嚼されて便として排泄されます。
ここでは、犬の消化吸収の過程を詳しくご紹介致します。
① 食物が細かくなるのと同時に、唾液の中の酵素により食物が分解される
② 食道を通り、胃に送られた食物は胃酸と酵素であるペプシノーゲンによって次の分解を受ける
③ 胃の後ろに位置する十二指腸に膵臓から伸びる「膵管」と、肝臓に付属する胆嚢から伸びる「胆管」が開口しており、膵液と胆汁が十二指腸の中に運ばれてきた食物と混ざって分解される
※膵液にはトリプシンやリパーゼなどの酵素が含まれており、胆汁には胆汁酸が含まれています。これらの酵素や物質が消化に役立ちます。
④ 食物は栄養素の吸収をつかさどる小腸に運ばれ、小腸は粘液の分泌と共に蠕動(ぜんどう)運動という波が伝わるような動きをすることで、食物はさらに消化液と混ざり合って粘液によって潤滑になった小腸内を進んでいく
⑤ 小腸には腸絨毛という細かい毛のような組織がびっしり生えており、腸内面の表面積を拡大。
食物は小腸内面とより多く接触し、効率の良い栄養素の吸収を行うことが可能になる
⑥ 最終的に蠕動運動によって大腸で水分が吸収され、直腸へと送られます。
直腸を経て、食物は糞便として肛門から排出される
犬の消化器官の特徴と栄養素
人と犬では特定の栄養素における消化能力に差が生じますが、どのような違いがあるのでしょうか。
ここでは、犬の消化吸収の特性についてご紹介致します。
犬と人の消化吸収の違い
人と犬の消化器官の違いとしては、消化器官の構成と栄養素の消化・吸収に関係するものがあります。消化器官の構成に関しては、人と犬を比較する学術的な情報は乏しいのが現状です。
そのため、一般論的な話になってしまいますが、人と犬はどちらも雑食性であり基本的な構造には大差はありません。
しかしながら、犬の方が人より肉食性に近いと言われており、腸の長さなどの消化器官の構造の差としてその性質が表れている可能性はあります。
人と犬の消化器官の構造より、生理学的な構造の方が利用できる食物に影響しており、犬では玉ねぎやチョコレートなどで中毒を起こしますが、これは肝臓や腎臓などの代謝機構の違いによるものです。
炭水化物の消化について
栄養素の消化・吸収に関しては人と犬では明らかな差が生じます。
炭水化物の消化・吸収において、人では唾液に含まれるアミラーゼが第一の消化を行うのに対し、犬では唾液にαアミラーゼがなく、炭水化物の科学的な分解は十二指腸において膵液に含まれているαアミラーゼが行います。
咀嚼による物理的な細断と、酵素による分解を同時に行える人と比較すると、犬では炭水化物の分解が苦手であると言えるでしょう。
タンパク質の消化について
タンパク質の消化・吸収についても人と犬では異なる点があります。
タンパク質は消化の過程でアミノ酸まで分解されます。
人と犬では必須アミノ酸(体の中で合成することが出来ず、食物から摂取する必要があるアミノ酸)が異なります。
人で考えるとアルギニンは必須アミノ酸でないので体内で合成することができますが、犬においては必須アミノ酸であるため、小腸で吸収する必要があるのが大きな違いです。
犬の消化器官と免疫組織
ここでは、犬の消化器官と免疫組織の関係性に重点を置いてご説明致します。
消化器官と免疫組織
犬の小腸や大腸には腸管付属リンパ節と呼ばれる器官があります。
これには腸絨毛があまり発達していない部位に存在するパイエル板などが含まれ、腸管付属リンパ節では免疫細胞の一種である形質細胞が多く存在。
IgAと呼ばれる抗体を産生しています。
抗体にはいくつかの種類がありますが、そのほとんどは体内に侵入した病原体を排除する役割を持っています。
その中でこのIgAは粘膜分泌型と呼ばれる亜型を持ち、呼吸器や消化器のように粘膜を通じて外界と接している、また外界から何かしらの物質(食物、病源体)が持ち込まれる組織において、体内に侵入する直前の病源体を排除する重要な役割を担っています。
犬の腸の免疫組織が発達している理由
犬において小腸や大腸で特別な免疫組織が発達している理由は、栄養吸収のために物理的な防御をとることが難しい、といったことが考えられます。
腸壁から栄養を吸収することは、異物を身体の内部に通すことです。
たとえば、皮膚は病源体から身を守る為に角質化した細胞が何層にも積み重なった構造を持ちます。
しかし、そのような構造は栄養吸収に適していません。
小腸では単層細胞による薄い壁と、その直下にある粘膜固有層、粘膜固有層によって保持されている毛細血管と中心リンパ管と呼ばれる栄養を運搬する管で腸壁を構成しています。
これらの組織は栄養を腸壁から吸収することに適していますが、容易に体内に病源体を侵入させてしまいます。
腸管の持つ物理的な防御の脆弱性を補うために、腸管付属リンパ節などの免疫組織が存在しているのですね。
消化器官の健康維持の重要性
犬の体調不良を引き起こす病源体は、ウイルスや一般的な病気の原因となる細菌だけではありません。
小腸や大腸には常在細菌叢と呼ばれるさまざまな細菌が含まれています。
これらの細菌は普段は悪さをしませんが、腸内環境の変化により特定の細菌が増加することがあります。
常在細菌叢の乱れは、細菌が発生する毒素、また細菌自体が体内に侵入することによる感染症により下痢を引き起こす場合があり、腸管の物理的防御の脆弱さも下痢を引き起こす要因になります。
何かしらの刺激物により腸壁が痛むことによって、病源体は感染を引き起こし易くなってしまうのです。また、腸の細胞はライフスパンが短いという特徴を持ちます。
糞便は食物の残渣でできていると思われがちですが、実は死滅して脱落した細胞などの組織も糞便の多くを占めます。
腸の細胞が、外的・内的な要因によって分裂速度が落ちてしまった場合、ただでさえ薄く弱い腸壁をもろくしてしまうと考えることができます。
消化器官の健康維持
犬の消化器官の健康が乱れることで、犬は下痢などの病気を引き起こしやすくなります。
① ドックフードや水は新鮮なものを与える
② 刺激の強い人間の食事は与えない
③ お腹を冷やさない食事を心がけるなど
飼い主さんが少し気をつけてあげることで、消化器官の健康リスクを下げることができます。
ドッグフードについて
ここでは、ドッグフードに含まれる炭水化物の特徴や療法食の注意点について紹介致します。
ドッグフードにおける炭水化物の消化
犬が消化しやすいドックフードとはどのようなものでしょうか?
一般的に炭水化物が多く含まれているドックフードは、消化によくないという意見があります。
これは犬の唾液でαアミラーゼ分泌がないことから言われていると思われます。
しかしながら、大抵のドックフードでは炭水化物(でんぷん)のα化と呼ばれる工程を経ていますので、α化された炭水化物であれば消化に関してはあまり問題がないと考えられます。
ただし、愛犬に手作りご飯を与えている場合は十分気をつけましょう。
総合栄養食と療法食ドッグフード
ドックフードには、AAFCO(米国飼料検査官協会)のガイドラインに沿って「総合栄養食」という区分があります。
日本国内の総合栄養食表記があるドッグフードに関しては、そのドッグフードと水だけで犬の基本的な生命維持が可能とされています。
一方、獣医師の処方により使用できる食事療法食というものがありますが、このドックフードは、病気の治療を行うために必要なサポートをする目的で製造されてます。
そのため、療法食が総合栄養食の基準を満たしているとは限りません。
一例として食事療法食の中には、持病により消化機能が弱まっている犬のためにつくられたものがありますが、この種類の食事療法食は消化しやすいドックフードということになります。
しかし、決して独断で使用してはいけません。
食事療法食は犬の治療目的に特化した栄養バランスを持ち、健康な犬や特定の病気を持つ犬の体調を悪化させる危険性があるからです。
もし、愛犬の食事として食事療法食を使用したい場合は、かかりつけの獣医師に相談するようにしましょう。