犬の悪性腫瘍の一つであるメラノーマは、口腔内に多く発生する腫瘍で悪性度が高いのが特徴です。
今回は、犬の口腔内メラノーマを中心に、外科治療や放射線治療、免疫療法について獣医師に解説していただきました。
犬のメラノーマとは?
犬のメラノーマは、ホクロや肌の色素を産生するメラニン分泌細胞が癌化した腫瘍です。
一般的に黒色の腫瘍ですが、無顆粒性メラノサイトという色素顆粒を持たない腫瘍もあります。
メラノーマは発生する箇所によって腫瘍としての性質が異なり、口腔内メラノーマが犬の口腔内腫瘍で最も多く発生する悪性腫瘍です。
約80%の口腔内メラノーマは肺やリンパ節へ転移すると報告されており、非常に悪性度の高い腫瘍です。
犬の場合はゴールデン・レトリバー、ラブラドール・レトリバー、ミニチュア・ダックスフンドなどが好発犬種で、無治療の場合の予後は2カ月程度。
治療を行った場合の予後は7~8カ月と報告されています。
犬の皮膚メラノーマは良性(皮膚黒色腫)と悪性のものがあり、境界明瞭でドーム状の黒色のしこりが発生するものの多くは良性であると報告されています。
他の報告でも犬の皮膚に発生したメラノーマの約85%は良性であると述べられています。
しかし、爪の間の皮膚や目以外の粘膜と皮膚の境界部に発生するものは、非常に悪性度が高いとされています。
皮膚メラノーマはスタンダート・シュナウザー、ミニチュア・シュナウザー、スコティッシュ・テリア、黒色の犬が好発犬種とされます。
メラノーマの免疫療法
犬におけるメラノーマの免疫療法に関しては、国内では未だ研究段階のものがほとんどです。
ここでは、現状の免疫療法における研究を中心にご紹介いたします。
免疫チェックポイント(PD-1)を利用した治療方法
犬のメラノーマの新しい治療方法として免疫機構に関係するものがあります。
これらの治療方法は未だ研究が十分ではないため、まだ一般的には使用されてはいません。
しかしながら、免疫療法は犬の全身に転移したメラノーマに対する今後の治療方法の一つとして期待されています。
免疫療法の研究について
人のメラノーマに対する治療薬として、ニボルマブという抗がん剤があります。これはPD-1と呼ばれる腫瘍に対する免疫応答を抑える生理物質を阻害する薬剤です(ニボルマブはPD-1に対する人の抗体でできている)。
犬においてニボルマブは効果がないと報告されていますが、PD-1に対する犬の抗体を使用した最近の研究では、犬の悪性メラノーマに対してイヌ型抗PD-1抗体は効果があると述べられています。
この研究においてイヌ型抗PD-1抗体は顕著な効果があるわけではありませんが、ベースとして期待されています。
メラノーマワクチンを利用した治療方法
アメリカでは、メラノーマに対するワクチンが2009年に国の認可を取って使用されています。
DNAワクチンと呼ばれるこの薬剤は従来のワクチンとは作用機序が異なります。
従来のワクチンでは抗原と呼ばれる病源体の一部(又は弱毒化した病原体)を体に取り込むことで免疫細胞に抗体を産生させ、感染を防ぎます。
DNAワクチンでは病源体の遺伝子情報を取り込むことで犬の正常な細胞が抗原を産生します。
その抗原に対して免疫細胞が抗体を産生し、抗体が犬の体内に存在するメラノーマを攻撃します。
海外におけるいくつかのメラノーマワクチンの研究では、予後は500日前後とされており、日本でのメラノーマに対する治療の予後を超える結果となっています。
しかし、一方で犬のメラノーマワクチンの効果を疑問視する研究もあります。
日本では最近までメラノーマワクチンに対する治験が行われていましたが、未だ国の認可が下りていないのが現状です。
メラノーマの治療方法
犬のメラノーマのうち、悪性度が高い口腔内メラノーマについて説明致します。
口腔内メラノーマの無治療での予後は2カ月程度だと報告されていますが、治療をした場合の予後は7~8カ月程度まで延びるといわれています。
後者の治療を犬が行った場合の予後に関しての研究では、外科的に腫瘍を切除する、放射線治療のみ行う、外科治療と放射線治療を併せて行うという3つの治療方法について調べられています。
犬において外科治療、放射線治療、外科治療+放射線治療の3つの予後の間には統計学的な差はみられず、同程度の予後であると報告されています。
このことから、犬のメラノーマの治療方法として外科治療と放射線治療は有効であると考えられます。
また、悪性腫瘍に対する積極的な治療方法には、外科治療と放射線治療以外に抗がん剤治療があり、抗がん剤についてはメラノーマに対する確かな治療方法が現段階では確立されていません。
中でも犬の口腔内メラノーマは転移するスピードが速い為、発見されたときには肺をはじめとする様々な臓器に転移している場合が多いのが特徴です。
全身転移を伴うケースでは外科治療と放射線治療は十分な効力を発揮できません。一方、抗がん剤は転移した腫瘍に対しても効果があります。
犬の悪性メラノーマの抗がん剤治療が確立されていないことは、治療の障壁となっていると言えるでしょう。
今後は免疫療法においても、転移してしまったメラノーマを減衰させる有効な手立てになるかもしれません。
メラノーマに対する外科治療と放射線治療
ここでは、犬のメラノーマの治療法のうち、外科療法と放射線療法について詳しくご紹介致します。
メラノーマに対する外科治療
犬の悪性腫瘍に対する外科治療では、マージンと呼ばれる腫瘍の周囲の組織を切除することが重要になります。
腫瘍は肉眼的に見える部位の他に、木の根のように周囲に浸潤しています。
これらの浸潤があると予測される範囲をマージンと呼び、犬の口腔内メラノーマにおけるマージンは2㎝。
しかしながら、狭い口腔内で2㎝のマージンをとることは顎の骨を切除しなければいけない可能性が高いということです。
実際、犬の口腔内メラノーマの外科治療では顎の骨を切除する症例が多く報告されています。
顎の骨を切除した場合、犬が自力でごはんを食べられるのか心配になりますが、顎骨切除を行った症例に対する報告によると、大抵は術後7日程度から犬が自力でごはんを食べられるようになったと述べられています。
他の報告でも同様の内容が記述されています。
メラノーマに対する放射線療法
口腔内メラノーマが鼻腔内などに浸潤してしまった場合、外科的な切除を行うと犬の生活に支障をきたしてしまうことがあります。
放射線治療はそのような切除が難しい部位に対しての治療方法として用いられますが、放射線治療のデメリットとして、治療を行える病院が大学病院のような二次診療を行う病院に限られること、治療の費用が高額になることなどが挙げられます。
そのため、病院や治療費についてよく検討して治療法を判断する必要があります。